2026/02/03

残してほしい、富山地鉄(その4・最終回)

 (その1は→こちら、その2は→こちら、その3は→こちら

 2023年2月。弟と黒部宇奈月温泉駅で待ち合わせし、地鉄に乗って黒部峡谷鉄道の工場見学ツアーへ行って来ました。冬のトロッコ列車は運休中なので、シーズン中は駅などで働いている職員の方たちも、みな車両整備などの仕事に回っているそうなのだ。


 短区間ではありますが、ディーゼル機関車にけん引された客車に体験乗車もできます。


 トロッコ列車から眺める冬の宇奈月温泉。貴重な体験で、楽しかった。

  再び地鉄に乗って、新魚津まで移動(また肝心の地鉄の写真が無いのかよ! しかし、冬の宇奈月温泉発着の列車は、寂しくなるぐらい空いていた)。弟は魚津で一泊するのですが、私は翌日仕事だったので、その日の北陸新幹線で帰ります。

 せっかく魚津に来たから海の幸を、となるところですが…。私は昔、魚津のビジネスホテルの、寿司屋夕食付きプランを利用したのですが、寿司屋の店主の虫の居所が悪かったのか、単に私のコミュ力ってやつの問題か、店主は「ふーん、電車に乗りに来たの、何が面白れえのか分かんねえけど」と不機嫌に言い放ち、最後は奥に引っ込んでしまい、そのまま二度と出てこなかったのでした(もう寿司の味も感じられなかった)。

 そんなわけで、「寿司はトラウマだから、ダメダメ!」と弟に駄々をこね、ショッピングセンター内にあったモツ焼きの店で夕食(何しに北陸まで来ているのか…)。飲み放題のハイボールがすっかり回ってきたところで、弟から「電車間に合うの?」。

 やばいよやばいよ、今日中に横須賀まで帰れない! 雪道を魚津駅までダッシュ。列車はすでに入線中。あいの風とやま鉄道の駅員さんが私に「乗りますか?」と聞き、車掌さんに合図を送ってくれ、何とか無事、予定の新幹線に接続する列車に乗車。で、ひと安心して、車掌さんに起こされたときはすでに富山駅でした(前の2両は高岡行きだったので、そっちに乗ってたらアウトだった)。

 そんなこんなで、無事帰宅できました。あいの風とやま鉄道の駅員さんと車掌さん、その節はありがとうございました…(恥)。


 どうでもいいことをダラダラと書いてしまった。すみません。

 同じ2023年の5月、今度は立山黒部アルペンルートを利用しました。長野県側の、大糸線信濃大町駅から入ります。



 まだコロナの影響が残っていたのか、日本人観光客の姿は少なく見えた。一方で、台湾など(たぶん)からのツアー客がすごく多い。声が大きくて賑やかなので、体感的に2倍(?)ぐらいの人数に感じる。



 室堂に到着。お目当てはこちら。地鉄が運行する、2階建てオープンカーの「スカイバス」に乗りに来たのです。


 室堂は大勢の観光客で混んでいたけど、せっかくのスカイバスはなぜかガラガラ。でもそのぶん、景色をゆっくり楽しめました。


 立山駅に到着。ここから地鉄に乗って富山へ向かいます。やって来たのは、もと京阪特急のテレビカー


 さすがに真冬と違って、そこそこお客さんも乗っていました。動画内で電車が通過している千垣橋梁は、地鉄有数の撮影名所で、ここを渡る電車の風景写真をよく見かけます。


 そんなこんなで。4回にわたり、富山地鉄とその沿線に関する写真を掲載してきました。魅力ある路線、改めて、やっぱり残してほしい!です。

2026/01/11

残してほしい、富山地鉄(その3)

(その1は→こちら、その2は→こちら)  



 2012年1月、上市駅にやってきました。この駅も大きくて中はがらんとしているものの、前回の電鉄魚津駅ほどの寂しい状態にはなっていない。富山からこの駅あたりまではそれなりに乗客もいるようで、2026年現在、今後も路線が存続する予定です。
 とは言え、街自体は空き家となったショッピングモールなどがあってやはり寂しかった。その空き家ビルの中で町主催(たぶん)の成人の集いが行われていました。そして立ち寄った日帰り温泉だけは、地元のお年寄りたちで大盛況。


 上市駅はスイッチバック式のくし形ホームとなっていて、このように入線してくる電車を眺めることができます。
 しかし、なんでこの曲が大音量でかかっていたのか覚えていない。飛んで行きたいよ…わびしさ倍増(泣)。



 この時乗った電車がこちら。その1で紹介したニューレッドアローの先代、西武5000系レッドアローを譲り受けた16010形電車。観光列車として改造された「アルプスエキスプレス」です。この日は普通列車としての運用。


 デザインは、九州の「ななつ星」などで有名な水戸岡鋭治さん。個人的には、水戸岡さんは豪華観光列車ではなく、こうした、古い車両を「なんということでしょう」といった如く(古い)、見違えるように改装する時に手腕を発揮するように思うのです。


 立山連峰を横目に走る、昭和の電車の走行音が心地良いのです。ちなみに、本家レッドアローの走行装置は、西武がニューレッドアローに再利用したため使えず、この地鉄16010形は元国鉄の部品を使用しています。






 さて、地鉄関係無いのですが(すみません)、この後は大阪へ行って太陽の塔を見てきたようだ(10年以上経つとあまり詳細を覚えていない)。迫力が凄い。
 去年の万博は結局行かなかったのですが、1970年の万博は行ってみたかったな(生まれていないけど)。

残してほしい、富山地鉄(その2)

  前回の「その1」から4ヶ月以上経ってしまった。今回から、過去に富山地鉄に乗った時の写真をいろいろ(地鉄電車以外も含めて)掲載していきたいと思います。

 2010年、鉄道マニアや廃墟マニア(廃墟じゃないんだけど)に人気のあった電鉄魚津駅にやって来ました。曇天も手伝って、すでに怪しい雰囲気が漂う(すみません)。


 関係ないんですけど、私の地元の相鉄線二俣川駅、増築・改装された姿を最初に見た時、「電鉄魚津駅じゃないか!」と思いました。ということは、いずれ廃墟に…(すみません)。


 駅前の「新宿商店街」。交通量はそれなりにあるものの、行き交う人の姿は少なく、寂しい。



 駅の内部。昼なお暗し、といった感じだ。この駅ビルが賑わっていた時代もあったんだろうなあ…。

 現在の電鉄魚津駅は、このように質素かつ小ぎれいに改築され、バリアフリー化もされています。良かった良かった。しかし、この駅を含む区間もまさに存廃問題に揺れ、今後の見通しも立っていないのです。




 この時の旅で乗った列車たちの写真。今はもうない車両ばっかりだ(肝心の地鉄の写真が無いじゃないか!…すみません)。


 どこの駅で撮ったか忘れましたが、「北陸新幹線にのりたいな」の看板(E2系!)。北陸新幹線にはめでたく乗れるようになりましたが、昔乗った列車たちにももう一度のりたいな…というのは叶わぬ夢。

 そんなわけで、こんな感じののろのろペースで、過去に富山へ行った際の写真を少しずつ掲載していきます。本年もよろしくお願いいたします。

2025/12/20

ひまひま旅行者、また北へ向かう <後編>

 (前編はこちらです→ 前編

 「りんごねぷた電車」に揺られ(眠りに落ち)、中央弘前に戻ってきた。


 徒歩で弘前公園へと向かいます。雨が降ったりやんだりの天気。暗闇にそびえ立つ荘厳な建物は、旧第五十九銀行本店本館





 弘前公園では、紅葉まつりというイベントをやっていました。ライトアップされた紅葉が鮮やかだ。地元の(たぶん)若者たちがたくさん訪れている。彦根城の時も思ったけど、なぜだか、ライトアップは若者のためのものなのである。


 バスでJRの弘前駅に戻り、ここから弘南鉄道弘南線に乗って、今夜の宿泊地の黒石へと向かいます。



 なんでいきなり真冬になってるんだよ、という話ですが、雨に降られて今回は写真を撮らなかったため、以前訪れた時の写真(2022年3月)の使い回しです。黒石は、家々の軒先からひさしの伸びた「こみせ通り」の風情がいいのです。



 翌朝。黒石駅から再び弘南線に乗って弘前へと戻ります。今日も空模様があやしい。朝の弘南線は、高校生がたくさん乗っていた。



 弘前からは、五能線のリゾートしらかみに乗車(外観は撮り忘れました…)。立派な売店スペースがあるのですが、営業していなくて寂しい。


 途中、先頭車では津軽三味線の生演奏が。外国人観光客の皆さんがぞろぞろ、先頭車へと向かって行った。天井のモニターで演奏風景を生放送。


 天気は引き続きパッとせず、日本海の色は暗かった。時折強風も吹いていたようで、一部区間で徐行運転していた。


 そんなわけで、本来なら15分程度停車して散策時間がある千畳敷駅も、この日はすぐに発車してしまった(写真は以前撮影したもの)。
 外国人観光客の皆さんは途中の十二湖駅でほとんど下車。世界遺産の白神山地だけあって、世界中から観光客が来るのでしょう。



 世界遺産に興味の薄い私は(すみません)、その先のあきた白神駅で下車して日帰り温泉に立ち寄り。しかし、列車を降りるや否や突風が吹き荒れ始めた。
 秋田から乗車する予定だった羽越本線の特急いなほ号は、区間運休のメールが届く。秋田新幹線で帰るしか無いかなあ…払い戻しに手間取りそうだなあ…。先のことは後で考えることとし、とりあえず温泉と昼食。

 駅に戻るが、列車が全然来ない。駅の小さな待合室は寒いので、駅前にある観光案内所のような施設にお邪魔した。ストーブをつけていただいて暖かい。壁にはSL時代の五能線の写真が飾られていた。外は雨も降りだして、いよいよ荒れ模様に。


 ようやく列車がやって来た。なんとか今日中に帰れそうでひと安心。昔乗ったキハ40はすでに無く、小ぎれいなステンレス車の単行列車だ。自分の他に1人乗っていたけど途中で降りてしまい、乗客は自分1人に。
 終点近くの能代駅で高校生がどかどか乗ってくる。窓の外では、ついにバラバラとひょうまで降り始めてしまった。


 五能線の終点、東能代駅に到着。寝台特急あけぼの号が現役の頃、この駅に朝降り立ち、今回と逆ルートで五能線に乗ったことがある(もう20年以上前かなあ…)。
 この後秋田まで行き、羽越本線経由の切符を払い戻して秋田新幹線の切符を買うのですが、詳細は省くとして、いろいろ手間取って四苦八苦。ようやく購入でき、無事東京行きのこまち号の座席に座った時はどっと疲れが…。
 日本海沿いの気候を甘く見てはいけない、行程に余裕を持って旅をしましょうと言うことなのです。