2025/05/03

「震災語り部観光列車」に乗る



 昨年の11月に来たばかりなのに、またまた敦賀にやってきました。前回は在来線のハピラインふくいに乗車したのですが、今回は北陸新幹線の延伸区間に初乗車です。


 で、途中の経過をすっ飛ばし、金沢から七尾線に乗って、終点の七尾駅に到着。ここから、のと鉄道の「震災語り部観光列車」に乗車します。


 車内はこんな感じです。たくさんの乗客で賑わっていました。


 沿線は桜が見頃でした。天候に恵まれなかったのが少し残念。


 こうしてアテンダントさんが震災の被害について説明してくれます。元気な方だったけど、自宅が全壊したと話されていた。
 全然意識していなかったのだけど、この日は大阪万博の開幕の日だった。そして、それに合わせたように能登地方の避難所がすべて閉鎖された日でもありました。ブルーシートが屋根にかかった家々を見ていると(この地方は瓦屋根の家がとても多いのです)、複雑な気持ちになった。



 終点の穴水駅に到着。かつてはここから、去年の震災で甚大な被害を受けた輪島まで線路が伸びていました。今回は時間の都合で、輪島まで行くことはできなかった。

↑七尾方面へ折り返していく語り部列車。先頭の車両は一般車両。



 この日は金沢から北陸鉄道の浅野川線に乗って(長野も金沢も、地下駅からかつての地下鉄車両が発車するのが面白い)、終点の内灘駅から路線バスに乗り継ぎ、海岸沿いにある公共の宿に泊まりました。以前も泊まったことがあるのですが、きれいでしかも温泉付き。他に宿泊客はいない様子で、申し訳無くなってしまう。



 翌日は普通列車を乗り継いで越後湯沢まで行き、上越新幹線で帰ります。やっぱり鉄道の旅は、在来線に乗らないとつまらない。


 北陸新幹線が金沢まで開業するまでは、このほくほく線が首都圏から北陸へのメインルートでした。今ではすっかりローカル線。そして、まだまだ雪が残っていました。越後の春はもう少し先なのです。

2025/04/07

小田急に会いに千葉へ行く


 朝早く、車を久里浜港近くの駐車場に停め、フェリーで対岸の千葉県金谷港まで渡りました。ゴルフバッグを抱えたおじさん&おじいさんたちが列をなして乗船してきた。皆さん朝っぱらから元気で感心する。こっちは元来朝が弱いので、眠くて全く元気が無い。

 浜金谷からJR内房線、五井から小湊鐡道に乗り継ぎ、上総中野に到着。小湊沿線は桜の見頃で、大勢のカメラマンたちが桜と列車を捉えようと、カメラを持って沿線で待ち構えていた。

 ここからのいすみ鉄道は、昨年10月に発生した脱線事故により長期運休中。代行のマイクロバスで大多喜へ。

 大多喜から車で10分ほど、今回の目的地「ポッポの丘」に到着。

 乗ってきた車はこれ。小型の電動自動車です。某コンビニの配達でたまに見かけますね。大多喜駅前の観光協会でお借りしました。2時間で2000円です。カラーは小湊鐡道色!(追記:よく見たら「キハ52」とあるから、小湊じゃなくていすみ鉄道でした。そりゃそうか。失礼しました)

 普段乗ってるガソリン軽自動車と勝手が違うので、発車準備で四苦八苦。観光協会の人も、おいおい大丈夫かと思ったことでしょう(泣)。

 ウィンカーは左手操作。何度も間違えてワイパー(右手)を作動させてしまった。加速も減速もおっとりしていて、バックミラーも無いので、後ろに車が迫ってくるとちょっと怖い。でも、静かで乗り心地も良く、桜咲く里山の道を風に吹かれて走っている時は気持ち良かったです。あんまりこれに乗ってくる人は居ないみたいで、ポッポの丘の受付の方も驚いていました(笑)。



 今回、小田急2200形電車保存のクラウドファンディングに(少額ですが)参加し、実際に保存されている姿を見てみたいと思い、やって来たのです。同じ神奈川県の京急1000形との並びがとてもいい!





 他にも数多くの車両が保存されています。これは鉄道マニアにとっては、ひゃー、これはたまりません!という感じだ。

 森田美由紀アナウンサーのサインもありました。


 斜面には、大山からやってきたケーブルカーも。



 公設ではない、個人でやっている施設でこれだけの車両を維持管理していくのは並大抵なことでは無いと思う。末永く保存されることを願います。

2025/03/18

ひまひま旅行者、北へ向かう<後編>

  弘前の宿を、朝6時過ぎに出発。宿の方が「もう出るんですか!」と驚いていた。鉄道を中心に行程を組むので、どうしてもこうなってしまうのだ。また今度のんびり来ます。


 弘前から秋田行の快速列車に乗車。大鰐では、昨夜乗った大鰐線とお別れ。また乗りに来るよ!



 弘前から1時間ほどで、鷹ノ巣駅に到着。JRの駅のすぐ隣に秋田内陸縦貫鉄道の鷹巣駅があり(ノが入りません)、JRのホームの隅っこから、1両のディーゼルカーが発車します。


 窓下の小さなテーブルに路線図が。



 車庫のある阿仁合駅で、始発の急行「もりよし号」に乗り換えます。こちらも1両。


 この日の車両は秋田マタギ号」。車内は古民家風で、各ボックスに大きなテーブルがついています。


 途中駅で反対列車と行き違い。


 終点の角館に到着。マタギ号の折り返しには、インバウンド客が大挙して待ち構えていた。こんなローカル線まで…いや、ローカル線にとってはありがたい乗客です。
 ここからは秋田新幹線に乗り換えて一路東京へ。隣は生田駅、生田の次は読売ランド前…(「いくた」ではなくて「しょうでん」でした)。


 この日も新幹線のダイヤは大乱れ。大宮到着前に車掌さんが「在来線にお乗り換えをお勧めします」と連呼していたのですが、まあそうは言っても前には進むだろう…とタカをくくっていたら、完全に止まってしまった。
 写真は止まってしまった新幹線の車窓から。まあ慌てずに、のんびり帰ることとします。

2025/03/01

ひまひま旅行者、北へ向かう<前編>

 2月は青森まで行ってきました。品川で京急からJRに乗り換え…ないといけないのですが、気づいたら電車はトンネルの中で、窓に映る駅名標は泉岳寺!あわてて品川に戻る。まあ、目が覚めたら終点の京成高砂じゃなくて良かった、と思うことにする。

 数日前まで、青森は大雪で電車もストップしていました。この日も不安だったのですが、無事電車は動いているようでひと安心。

 と思いきや、途中で異音の確認があったとかで、新幹線のダイヤは大乱れ、東京駅は大混雑。駅員さんが車掌さんに「なんでドア開けないんですか、早く開けてくださいよ!」と放送でキレていた。





 東京駅を30分以上遅れて発車した新幹線は、その後も仙台で長時間停車したりして、終点の新青森には1時間以上遅れて到着しました。






 新青森から在来線で弘前へ。「弘前城雪燈籠まつり」というイベントをやっていました。弘前城へ向かう路線バスはマイクロバスで大混雑! インバウンドの観光客も多かった。こういうローカルな祭りにまでやって来るんだから凄いよな。


 今回のお目当ては、ついに3年後の休止が決まってしまった弘南鉄道の大鰐線。今までにも何度も乗りに来た(寝台特急のあけぼの号で来たこともあったなあ)。この渋すぎる佇まいの中央弘前駅ともお別れが近づいてきたと思うと、寂しい。





 大鰐線では、「津軽七雪こぎん灯篭列車」に乗車。発車前の車内撮影会では、なんかモデル撮影みたいな男女2人組が、キャッキャうふふアハハと言いながら撮影していてまいった。
 幸い、撮影が終わったら出て行って、電車は静けさを取り戻して発車。元東急のステンレス車(なんと御年60年!)の独特の走行音を聴きながら揺れに身を任せていると、睡魔に襲われる(寝てばっかりだ)。
 約30分ほどで終点の大鰐駅に到着。今度は昼間に、また乗りに来たいな。


 大鰐は駅前に大きな日帰り温泉があるのですが、今回はもっと渋めの地元の温泉に入りたいと思い、駅から10分ほど歩いて、若松会館という公衆浴場へ。閉館時間が近かったので、急いで入ります。東北の温泉は熱い!でも気持ち良かったです。数名いたお客は、やはり地元の方ばかりのようでした。


 この日はJRの弘前駅近くに宿をとったので、帰りも大鰐線に乗りたいところですが、JRで弘前に戻ります。油断してよそ見していたら、駅前でステーンと転んでしまった(着ぶくれしていたから良かったものの)。
 例によって、2回に分けるほどの内容は無いのですが、翌日は後編へ続きます。