2025/07/19

過去の鉄道旅を振り返る日記(四国観光列車編・その3)

・その1は こちら

・その2は こちら


 翌朝。ことでんの琴平駅から、琴平線に乗車します。やってきたのは馴染み深い、赤い電車に白い帯の車両。今日は幸先が良さそうです。

 座席の色は違うけど、車内の雰囲気は紛れもなく昔懐かしい京急です。


 瓦町で下車し、同じくことでんの志度線に乗り換えます。

 3両編成の最後尾車両は貸し切り状態。途中、短い区間ですが海が見え、水面の上を走るような開放的な車窓で気持ち良かった。



  終点の琴電志度駅に到着。すぐ近くにあるJRの志度駅まで歩いて、ここからJRで徳島へ向かいます。

 徳島駅に到着です。


 で、突如としてワープし、ここは山陽電車の舞子公園駅。徳島から高速バスで明石海峡大橋を渡ってやって来ました。徳島まで何しに行ったんだよ!という話ですが、では駅前でラーメン食べただけで、観光は無し。列車に乗るだけが目的なので、すみません。

 そして、阪神の直通特急に乗って、終点・大阪梅田に到着。巨大な阪急の梅田駅に比べると、こじんまりとした駅です。今日はこのまま、新大阪から新幹線で帰ります。

 引退しちゃうと思ってなかったから、適当に撮っただけのジェットカー。乗っておけば良かったなあ。

 そんなわけで、四国の旅はおしまい…と思いきや、2年後にまた行ってしまうのです(まだ続くのかよ)。

2025/07/06

オシャレ民宿と普通の民宿

 恒例の急性電車に乗りたい病を発症し、同じ神奈川県内にある温泉地に来ています。

 じゃらんでなるべく安い宿を探し、見つけたのが、ある温泉民宿。だいぶ昔に泊まった記憶がある。

 で、バスを降りてグーグルマップさんを頼りに宿へ向かいますが(極度の方向音痴の私にとって、グーグルマップはほんとに革命的。足を向けて寝られません)、どうもここに来た記憶が無い。初めて歩く道としか思えない。

 で、宿に着いて。うん、明らかに初めて来たなここは。前に泊まったのは、民宿っぽくないオシャレな感じの宿だったのですが、今回は何と言うか、ザ・民宿である。オシャレ民宿とザ・民宿の違いは、後者は宿の人も食堂で一緒にご飯食べているのである(以前泊まった別の民宿は、タバコ吸ってビール飲んでいた)。

 正直、あまり清潔感は無くて苦手な人は苦手だろうけど、一人旅の身としてはオシャレ民宿より気楽でいいな。夕食の時に飲んだお酒が回ってきたので(コップ1杯だけど)、このへんで。

2025/06/24

過去の鉄道旅を振り返る日記(四国観光列車編・その2)


  前回の続き。アンパンマン列車に乗って、やって来たのは高知県の後免駅。

 ホームには、やなせ先生デザインのキャラクターと、「ごめん駅でごめん」なる詩碑が。

 後免駅から少し歩いた所にある後免中町停留所から、とさでんの路面電車に乗って高知駅へと向かいます。高知駅はさっきの特急列車に乗ればすぐ着くんだけど、やっぱり路面電車に乗りたいのだ。


 そんなわけで、途中のはりまや橋で電車を乗り換えて、高知駅に到着。屋根の上の冷房室外機がものものしい(業務用??)。


 龍馬さん、みなさん、今日はこれで帰ります。さようなら~

「おまん、何しに来よったぜよ!?」(土佐弁テキトーですみません)


 普通列車に乗って香川県へと戻ります。


 特急では通過してしまう新改駅のスイッチバックも体験(鉄道に興味の無い方には、何だこりゃの映像でしょうが…)。




 この日は琴平にある宿に泊まりました。JR四国の、観光列車・フリーきっぷ・宿泊がセットになったパックを利用したのです。

 本当はビジネスホテルみたいな宿に泊まる予定だったのですが、出発数日前にJR四国から、本来泊まる宿が折からのコロナ禍で休業となったため、申し訳ありませんが別のホテルに泊まってくださいと連絡が来た。

 で、変更となったホテルに着いてびっくり、普段の一人旅では絶対泊まらないような大きなホテルだ。部屋には大きな浴室までついている。なんかもう逆に申し訳ありませんという感じだ。コロナが無かったら泊まることは無かっただろう。

 写真は、大浴場の入り口付近に飾ってあった色紙。著名人がずらりと並んでいた。

 そんなわけで、翌日以降はまた次回(このペースでいつ終わるのか)。

2025/06/10

過去の鉄道旅を振り返る日記(四国観光列車編・その1)

  巷では朝ドラ効果とやらで、ちょっとしたアンパンマンブーム…いや、やなせたかしブームのようで、やなせさん関連の書籍があふれているようだ。そんなわけで、ブームに便乗(?)し、今回からしばらく過去の四国旅を掲載します。

 時は2021年夏。横浜駅から寝台特急サンライズに乗って、翌朝に着いたのは高松駅。


 今日のお目当ての電車に乗るまでにまだ時間があるので、ことでんに乗りに高松築港駅にやってきた。電車が到着すると、通勤客が一斉に吐き出されてくる(通勤客の皆様すみません)。地方私鉄でラッシュを見ると頼もしくなる。コンプレッサーの音もレトロで懐かしい(むかし、相鉄の6000系がこの音だった気がする)。


 しかし、わしわしわし…といった感じのセミの音が凄いな。動画を見ているだけで暑くなってきた。



 ことでんにちょっとだけ乗って満足し、高松駅に戻ってきた。さっそく、アンパンマントロッコが止まっていました。今日はこれには乗らず、普通電車で多度津へと移動します。



 多度津駅。初めて下車した。年代物の給水塔の存在感。


 今回のお目当てはこちら。「四国まんなか千年ものがたり」という観光列車に乗車します。


 車内はこんな感じ。乗客の皆さんの姿を見ればわかる通り、時はまだコロナ禍の真っ最中。若干の後ろめたさを持って出かけたのも事実だ。

 テーブルの上はあらかじめこんな風にセッティングされていて、


 電車が発車して、いい頃合いになるとこのように箱に入った食事が配られます。ふだん、電車ばかり撮っていて食べ物はほとんど撮らないのですが、せっかくここまで来たのだから…と1枚撮影。


 食事して、景色を眺めているとすっかり嬉しくなって、やっぱり来てよかったなと思うのでした。



 特急列車は通過する、山間のスイッチバック駅にも停車します。


 すっかり満足して、終点の大歩危駅に到着。続いてすぐに、後ろを追っかけてきた特急列車が到着します。これもアンパンマン列車。JR四国のアンパンマン推しは凄いのだ。これに乗って、高知方面へと向かいます。

 そんなわけで、今回はこれまで。少しずつノロノロと続きを進めてまいります。

2025/05/08

寝台列車、昼間に走る(カシオペア引退記念・再掲)

  今年6月をもって寝台特急カシオペアが引退するとのニュースを知り、過去に書いた「ひまひま日記」というものから、カシオペアに乗車した際の話を再掲します。(内容は2022年2月当時のものです)

 寝台特急カシオペアの昼行ツアーがあると聞き、これは乗りたい!と思い、ええーいと思い切って申し込んでしまいました。

 カシオペアに乗車するのは実は今回が2度目。現役の定期列車時代には乗ったことが無く、前回乗ったのは2017年の正月だから5年前。弟の就職が決まって、じゃーお祝いをしよう、などという名目で乗ったのでした。しかし、肝心の弟が風邪をひいてしまい、せっかくの寝台列車なのにほとんど寝て過ごしていた。いや、寝台だから寝てていいんだけど。

  前回は青函トンネルをくぐって、現役時代と同じ札幌までの行程でした。今回はぐっと短くて仙台まで。でも、珍しい常磐線経由のルートで、しかも昼行。ぼくは寝台列車に乗るといつもグーグー寝てしまうのだけど(タモリさんは寝ないと言っていたなあ。さすが鉄道マニアの鑑!)、今回は昼間だから寝ないで車窓を眺めていられるでしょう。せっかくのカシオペア、起きて乗って元を取らないと!

 そんなわけで楽しみにしていたのですが、折からのオミクロン感染急拡大、しかも出発前日は関東地方に大雪の予報。催行は当日の朝確定するとのことで、不安な朝を迎えました。

 翌朝、催行決定のメールが。はやる気持ちを抑えて集合場所の上野へ向かう。横須賀は全く雪は無かったのですが、都内はうっすらと雪化粧をしていました。JR車内の電光掲示板には「常磐線は倒竹のため運転見合わせ」の情報が。と、倒竹?? 雪はやんだのに、前途に暗雲が立ちこめてきた。


 とりあえず上野駅に着き、受付を済ませます。今のところ運転する予定なので、列車が入線したら車内でお待ちくださいとのこと。周りの人たちを見ると、同業者(いわゆる鉄オタ)がちらほら。まあ、今回のツアー、ほんとに列車に乗るだけであって観光も宿泊も全く無く、そりゃー一般人(非鉄の方々)は申し込まないだろうなあというものです。

 そして列車入線時刻。カシオペアが、丸っこいシルバーの車体を光らせて、機関車に押されてしずしずと入線してきました。かつてはこのホームから、北斗星やあけぼのに乗って旅立ったんだよなあ…(涙)。

  車内整備の後、いよいよ車内に乗り込みます。嬉しいことに今回は2階の個室(前回は1階でした)。もう子どものようにはしゃぎたい気持ちが抑えられません(必死に抑えますけど)。

 しかし、いつまで経っても運転再開の見込みは立たず、カシオペアは上野駅ホームに足止め。これ、このままだと結局運転中止になって「カシオペアに乗ってきた(動かなかったけど)」というオチになるんじゃないか。不安になりつつ、朝も早かったので眠くなり、寝台で横になって過ごす(結局寝るのです)。

  1時間以上経って、ようやく運転再開。カシオペアもついに発車です。そして、車窓を眺めて驚いた。ホームの先端部や、沿線の線路脇、線路をまたぐ陸橋など、あらゆる場所に撮り鉄の皆さんの大群が! そうか、カシオペアが白昼堂々、常磐線を北上する機会は希少なわけですよね。カシオペア乗車目的で申し込んだので、あまりその部分には注目していなかったのです。

 カシオペアは福島県内に入り、原発事故や津波災害から長期間の運休を経て復旧した区間を走行します。乗りながら、かつての旅のことを思い出す。

 このひまひま日記でも書いたと思いますが、震災前、原発のある町の山間の温泉宿に泊まったこと。いつものように列車旅が目的で、原発の存在なんて全く意識していなかった。宿のご主人はとても親切で、でも帰りの送迎車を走らせながら「この町に民主主義なんてありませんよ」と、つぶやくように言っていたこと。当時はぼんやり聞いていたけど、今になってその重みを理解する。あのご主人は今頃どうしているんだろう。

 帰りに乗った列車では、年配の女性が病気の犬をカゴに入れて運んでいた。普段は見知らぬ人に声などかけないんだけど、何だかその時は、犬の寂しそうな鳴き声が気になって話しかけた。持病があるその犬を、列車に乗って定期的に病院へ連れて行かないとならないとのことだった。着いた駅では、顔なじみらしい駅員さんが、女性からカゴを受け取って列車から下ろしてあげていた。

 あの女性も犬も、そして駅員さんも、その後どうなったのかなあ…。

  いろいろ思い出しているうちに、弁当と一緒に飲んだワインが回ってきて、座ったまま寝てしまった。結局、夜行だろうと昼行だろうと寝てしまうのです。

 気がついたら、終点仙台はもう間もなく。鉄道の旅はあっという間に終わってしまいます。いつの日か、また寝台列車に乗って、かつてのようにもっと北まで行ってみたい。


2025/05/03

「震災語り部観光列車」に乗る



 昨年の11月に来たばかりなのに、またまた敦賀にやってきました。前回は在来線のハピラインふくいに乗車したのですが、今回は北陸新幹線の延伸区間に初乗車です。


 で、途中の経過をすっ飛ばし、金沢から七尾線に乗って、終点の七尾駅に到着。ここから、のと鉄道の「震災語り部観光列車」に乗車します。


 車内はこんな感じです。たくさんの乗客で賑わっていました。


 沿線は桜が見頃でした。天候に恵まれなかったのが少し残念。


 こうしてアテンダントさんが震災の被害について説明してくれます。元気な方だったけど、自宅が全壊したと話されていた。
 全然意識していなかったのだけど、この日は大阪万博の開幕の日だった。そして、それに合わせたように能登地方の避難所がすべて閉鎖された日でもありました。ブルーシートが屋根にかかった家々を見ていると(この地方は瓦屋根の家がとても多いのです)、複雑な気持ちになった。



 終点の穴水駅に到着。かつてはここから、去年の震災で甚大な被害を受けた輪島まで線路が伸びていました。今回は時間の都合で、輪島まで行くことはできなかった。

↑七尾方面へ折り返していく語り部列車。先頭の車両は一般車両。



 この日は金沢から北陸鉄道の浅野川線に乗って(長野も金沢も、地下駅からかつての地下鉄車両が発車するのが面白い)、終点の内灘駅から路線バスに乗り継ぎ、海岸沿いにある公共の宿に泊まりました。以前も泊まったことがあるのですが、きれいでしかも温泉付き。他に宿泊客はいない様子で、申し訳無くなってしまう。



 翌日は普通列車を乗り継いで越後湯沢まで行き、上越新幹線で帰ります。やっぱり鉄道の旅は、在来線に乗らないとつまらない。


 北陸新幹線が金沢まで開業するまでは、このほくほく線が首都圏から北陸へのメインルートでした。今ではすっかりローカル線。そして、まだまだ雪が残っていました。越後の春はもう少し先なのです。

2025/04/07

小田急に会いに千葉へ行く


 朝早く、車を久里浜港近くの駐車場に停め、フェリーで対岸の千葉県金谷港まで渡りました。ゴルフバッグを抱えたおじさん&おじいさんたちが列をなして乗船してきた。皆さん朝っぱらから元気で感心する。こっちは元来朝が弱いので、眠くて全く元気が無い。

 浜金谷からJR内房線、五井から小湊鐡道に乗り継ぎ、上総中野に到着。小湊沿線は桜の見頃で、大勢のカメラマンたちが桜と列車を捉えようと、カメラを持って沿線で待ち構えていた。

 ここからのいすみ鉄道は、昨年10月に発生した脱線事故により長期運休中。代行のマイクロバスで大多喜へ。

 大多喜から車で10分ほど、今回の目的地「ポッポの丘」に到着。

 乗ってきた車はこれ。小型の電動自動車です。某コンビニの配達でたまに見かけますね。大多喜駅前の観光協会でお借りしました。2時間で2000円です。カラーは小湊鐡道色!(追記:よく見たら「キハ52」とあるから、小湊じゃなくていすみ鉄道でした。そりゃそうか。失礼しました)

 普段乗ってるガソリン軽自動車と勝手が違うので、発車準備で四苦八苦。観光協会の人も、おいおい大丈夫かと思ったことでしょう(泣)。

 ウィンカーは左手操作。何度も間違えてワイパー(右手)を作動させてしまった。加速も減速もおっとりしていて、バックミラーも無いので、後ろに車が迫ってくるとちょっと怖い。でも、静かで乗り心地も良く、桜咲く里山の道を風に吹かれて走っている時は気持ち良かったです。あんまりこれに乗ってくる人は居ないみたいで、ポッポの丘の受付の方も驚いていました(笑)。



 今回、小田急2200形電車保存のクラウドファンディングに(少額ですが)参加し、実際に保存されている姿を見てみたいと思い、やって来たのです。同じ神奈川県の京急1000形との並びがとてもいい!





 他にも数多くの車両が保存されています。これは鉄道マニアにとっては、ひゃー、これはたまりません!という感じだ。

 森田美由紀アナウンサーのサインもありました。


 斜面には、大山からやってきたケーブルカーも。



 公設ではない、個人でやっている施設でこれだけの車両を維持管理していくのは並大抵なことでは無いと思う。末永く保存されることを願います。