2025/04/07

小田急に会いに千葉へ行く


 朝早く、車を久里浜港近くの駐車場に停め、フェリーで対岸の千葉県金谷港まで渡りました。ゴルフバッグを抱えたおじさん&おじいさんたちが列をなして乗船してきた。皆さん朝っぱらから元気で感心する。こっちは元来朝が弱いので、眠くて全く元気が無い。

 浜金谷からJR内房線、五井から小湊鐡道に乗り継ぎ、上総中野に到着。小湊沿線は桜の見頃で、大勢のカメラマンたちが桜と列車を捉えようと、カメラを持って沿線で待ち構えていた。

 ここからのいすみ鉄道は、昨年10月に発生した脱線事故により長期運休中。代行のマイクロバスで大多喜へ。

 大多喜から車で10分ほど、今回の目的地「ポッポの丘」に到着。

 乗ってきた車はこれ。小型の電動自動車です。某コンビニの配達でたまに見かけますね。大多喜駅前の観光協会でお借りしました。2時間で2000円です。カラーは小湊鐡道色!(追記:よく見たら「キハ52」とあるから、小湊じゃなくていすみ鉄道でした。そりゃそうか。失礼しました)

 普段乗ってるガソリン軽自動車と勝手が違うので、発車準備で四苦八苦。観光協会の人も、おいおい大丈夫かと思ったことでしょう(泣)。

 ウィンカーは左手操作。何度も間違えてワイパー(右手)を作動させてしまった。加速も減速もおっとりしていて、バックミラーも無いので、後ろに車が迫ってくるとちょっと怖い。でも、静かで乗り心地も良く、桜咲く里山の道を風に吹かれて走っている時は気持ち良かったです。あんまりこれに乗ってくる人は居ないみたいで、ポッポの丘の受付の方も驚いていました(笑)。



 今回、小田急2200形電車保存のクラウドファンディングに(少額ですが)参加し、実際に保存されている姿を見てみたいと思い、やって来たのです。同じ神奈川県の京急1000形との並びがとてもいい!





 他にも数多くの車両が保存されています。これは鉄道マニアにとっては、ひゃー、これはたまりません!という感じだ。

 森田美由紀アナウンサーのサインもありました。


 斜面には、大山からやってきたケーブルカーも。



 公設ではない、個人でやっている施設でこれだけの車両を維持管理していくのは並大抵なことでは無いと思う。末永く保存されることを願います。

2025/03/18

ひまひま旅行者、北へ向かう<後編>

  弘前の宿を、朝6時過ぎに出発。宿の方が「もう出るんですか!」と驚いていた。鉄道を中心に行程を組むので、どうしてもこうなってしまうのだ。また今度のんびり来ます。


 弘前から秋田行の快速列車に乗車。大鰐では、昨夜乗った大鰐線とお別れ。また乗りに来るよ!



 弘前から1時間ほどで、鷹ノ巣駅に到着。JRの駅のすぐ隣に秋田内陸縦貫鉄道の鷹巣駅があり(ノが入りません)、JRのホームの隅っこから、1両のディーゼルカーが発車します。


 窓下の小さなテーブルに路線図が。



 車庫のある阿仁合駅で、始発の急行「もりよし号」に乗り換えます。こちらも1両。


 この日の車両は秋田マタギ号」。車内は古民家風で、各ボックスに大きなテーブルがついています。


 途中駅で反対列車と行き違い。


 終点の角館に到着。マタギ号の折り返しには、インバウンド客が大挙して待ち構えていた。こんなローカル線まで…いや、ローカル線にとってはありがたい乗客です。
 ここからは秋田新幹線に乗り換えて一路東京へ。隣は生田駅、生田の次は読売ランド前…(「いくた」ではなくて「しょうでん」でした)。


 この日も新幹線のダイヤは大乱れ。大宮到着前に車掌さんが「在来線にお乗り換えをお勧めします」と連呼していたのですが、まあそうは言っても前には進むだろう…とタカをくくっていたら、完全に止まってしまった。
 写真は止まってしまった新幹線の車窓から。まあ慌てずに、のんびり帰ることとします。

2025/03/01

ひまひま旅行者、北へ向かう<前編>

 2月は青森まで行ってきました。品川で京急からJRに乗り換え…ないといけないのですが、気づいたら電車はトンネルの中で、窓に映る駅名標は泉岳寺!あわてて品川に戻る。まあ、目が覚めたら終点の京成高砂じゃなくて良かった、と思うことにする。

 数日前まで、青森は大雪で電車もストップしていました。この日も不安だったのですが、無事電車は動いているようでひと安心。

 と思いきや、途中で異音の確認があったとかで、新幹線のダイヤは大乱れ、東京駅は大混雑。駅員さんが車掌さんに「なんでドア開けないんですか、早く開けてくださいよ!」と放送でキレていた。





 東京駅を30分以上遅れて発車した新幹線は、その後も仙台で長時間停車したりして、終点の新青森には1時間以上遅れて到着しました。






 新青森から在来線で弘前へ。「弘前城雪燈籠まつり」というイベントをやっていました。弘前城へ向かう路線バスはマイクロバスで大混雑! インバウンドの観光客も多かった。こういうローカルな祭りにまでやって来るんだから凄いよな。


 今回のお目当ては、ついに3年後の休止が決まってしまった弘南鉄道の大鰐線。今までにも何度も乗りに来た(寝台特急のあけぼの号で来たこともあったなあ)。この渋すぎる佇まいの中央弘前駅ともお別れが近づいてきたと思うと、寂しい。





 大鰐線では、「津軽七雪こぎん灯篭列車」に乗車。発車前の車内撮影会では、なんかモデル撮影みたいな男女2人組が、キャッキャうふふアハハと言いながら撮影していてまいった。
 幸い、撮影が終わったら出て行って、電車は静けさを取り戻して発車。元東急のステンレス車(なんと御年60年!)の独特の走行音を聴きながら揺れに身を任せていると、睡魔に襲われる(寝てばっかりだ)。
 約30分ほどで終点の大鰐駅に到着。今度は昼間に、また乗りに来たいな。


 大鰐は駅前に大きな日帰り温泉があるのですが、今回はもっと渋めの地元の温泉に入りたいと思い、駅から10分ほど歩いて、若松会館という公衆浴場へ。閉館時間が近かったので、急いで入ります。東北の温泉は熱い!でも気持ち良かったです。数名いたお客は、やはり地元の方ばかりのようでした。


 この日はJRの弘前駅近くに宿をとったので、帰りも大鰐線に乗りたいところですが、JRで弘前に戻ります。油断してよそ見していたら、駅前でステーンと転んでしまった(着ぶくれしていたから良かったものの)。
 例によって、2回に分けるほどの内容は無いのですが、翌日は後編へ続きます。

2025/02/03

私は何しに箱根まで

 1か月ほど電車に乗っていなかった。乗るのはバスか車だけで、横須賀市内から外に出ない生活。ついには持病の急性電車に乗りたい病を発症し、日曜の夕方に仕事を終えたらそのまま箱根へ向かって一泊することにした。

 天気予報は大雪の可能性ありと言っている。大丈夫か。たどり着けなかったらどうしよう。いや、着けないのならまだしも、翌朝窓を開けたら真っ白で、バスも電車も止まって帰れませんなんて事になったら最悪だ。まあいいや、えいやっということで出発したのでした。

 そんなわけで。雪は降っておらず、無事到着しました。(写真は見ての通り、小田原駅で買った日本酒)

 今回、ゲストハウスというのに泊まった。以前も別の所で泊まったことがあり、そこは「オーナーがとても気さく」とか口コミ高評価で、期待して行ったのですが、なぜだか終始不機嫌そうでまいった(自分がチェックイン時間前に着いてしまったのがいけなかったか…)。

 弟にその話をしたら「(泊まる側の)コミュ力の問題じゃない?」と言われた。何だコミュ力って。要らんわそんなもん。はああ…コミュ力が欲しい(泣)。


 今回は若くて感じのいい方でほっとした。「犬がいるけど、大丈夫ですか?」と聞かれ、あんまり大丈夫じゃないんだけど見栄を張って「大丈夫です!」と返答。靴が脱げず玄関で座って四苦八苦していると、寄ってきて顔をぺろぺろ舐める。ひえ~。でも、人懐っこくてかわいい。しかしこっちが犬に慣れていないことを感じ取ったようで、その後は寄ってこなくなってしまった。犬のほうが賢いのである。

 お客さんはみな外国の方で、共有のスペースで思い思い静かに過ごしている。自分は個室(小さな畳部屋)に泊まり、ほとんど部屋で過ごしていたので、ゲストハウスを満喫したとは胸を張って言えない(やはりコミュ力が必要か…)。

 とにかく、値段が安いのに、貸し切りの温泉にまで入れちゃうのがいいです。小さな木の浴槽に浸かっていると、時折登山電車のきしみ音が聴こえる。電車の姿は見えないんだけど、これでトレインビュー部屋とかあったら、毎月泊まりに来ちゃいそうだ(笑)。

 温泉から出て、部屋でさっきの小田原の日本酒を飲んでいると、例によってあっという間に睡魔に襲われ眠ってしまった(で、夜中に目が覚めるのです。老人か)。


 翌朝。宿を出ると、真っ白…にはなっていなかった。山の上のほうはうっすら雪化粧していた。


 宿の近くにあった太閤の石風呂(いわぶろ)。写真だと見にくいですが川の対岸にあります。豊臣秀吉が小田原攻めをした際に、将兵の傷を癒したとのこと。なんか寒そうだなあ(笑)。


 バスで彫刻の森駅まで行って、ここから登山電車で箱根湯本へ下ることにした。反対側のホームでは、電車が出庫前の点検中のようでした。


 山を下る登山電車はまだ空いていて、ボックス席を独り占め。座席の模様は寄木細工だ。


 箱根湯本に到着。ここからはロマンスカーに乗って帰ります。

 いろいろ電車に乗って満足し、これで当分乗らなくても大丈夫…と言うのはウソで、近日中にまた乗る予定、今度は遠出します。今日のところはこのへんで。

2025/01/12

また秩父へ行ってきた<後編>


 翌日は最寄りの皆野駅まで送迎していただいた。宿泊客は自分以外にいなかった様子で、有難いやら申し訳無いやらです。


 秩父鉄道は、近年までほとんどの駅に駅員さんが配置されていたのですが、いよいよ合理化の波が押し寄せ、PASMO導入と引き換えに、この皆野駅を含む多くの駅が無人化されてしまいました。
 


 ここ秩父鉄道も、いまやすっかり東急電車王国だ。これで西武秩父線まで東急車になっちゃうとは…。


 西武秩父から、西武ご自慢の特急ラビューに乗って池袋まで…行かないで、なぜか入間市駅で下車してしまうのである。


 小手指で東急直通の元町・中華街行きに乗り換え、横浜まで…行かないで、小竹向原で下車。


 小竹向原で、相鉄線直通の湘南台行きに乗って(東急のヒカリエ号でした)ゆめが丘で下車。西武秩父から3時間弱。
 なんでこんなルートで帰るんだという話ですが(しかもここからさらに横須賀へ帰るのです)、乗りたかったからとしか言いようが無い。


 ヒカリエ…ソラトスで何か食べて、さらに1時間かけて横須賀へ帰ります。(おわり)

2025/01/07

また秩父へ行ってきた<前編>

 春にも行ったのですが、また秩父へ行ってきました。午前中に仕事を終えて横須賀を出発し、横浜線・八高線を乗り継ぎ、東飯能から西武線に乗車。

 やってきたのは2扉ボックスシートの4000系。日曜午後に秩父へ向かう列車とあって、車内は空いていて、ボックス席をひとり占めです。東武から2扉ボックスシート車が姿を消し、恐らくもうここでしか乗れません(と思ったけど、野岩鉄道にまだ残っていた)。

 しかし、この西武秩父線にも、近いうちにサステナ車両こと東急9000系がやってきてしまう。生まれてから30年以上ずっと、都会を一切出たことの無い9000系に、秩父のこの過酷な環境で務まるのでしょうか。まあ務まるのだろうけど。

 途中、レストラン列車の「52席の至福」がとまっていた。この電車も、4000系を改造したもの。一度は乗ってみたいのですが…。


 行き違う上り列車は、赤い電車に白い帯の京急線…のわけはなく、西武秩父線開通55周年車両とのことです。



 西武秩父駅に到着。ここでも55周年を祝う装飾がされていました。駅併設の土産物売り場やフードコートは、観光を終えて東京方面へ帰る人々で混雑していた。


 秩父市内から少し離れた場所にある宿に泊まりました。はああ…秩父のお酒はおいしい。

 ここはワーケーション利用を売りにした施設のようですが、当然私は旅先で仕事などしない(ダメだ)。スタッフの方は常駐しておらず、フロントもリモート。建物自体はさほど新しくなさそうに見えましたが、中はきれいに改装されていて、部屋(個室)も広くて快適でした。
 周りは何もなくて真っ暗だけど、すぐ隣に日帰り温泉があって、食事もできます。日曜の夜とあってけっこう混んでいた。

 そんなわけで、そんな引っ張るほどの内容は無いのですが、翌日は後編へつづく。